2002/10/30 誰か教えて、ロドリゲスのタレア。
気になる音楽がある。ロドリゲスのタレア。
何時だったかNHKで放送された2001年ローザンヌバレーコンクールで初めて聞いた。
ギターのソロだったと思う。
踊っていたバレーもさることながら私はその曲に魅了されてしまった。
暫くしてインターネットで検索してみた。
たった一つ、出てきた。その人も探しているようだった。
だが結局分からずじまい。
昨日はアマゾンドットコムのCD通販から検索してみたが矢張り出てこない。
不得手な横文字で検索すると1万件以上出てはくるが其処から先に進めない。
私も、CDショップへ行くと探してみる。
無い。聞いてみても埒が明かない。
CDショップには何故検索システムが無いのかなあ。
〔もし既にそんなシステムが活躍しているお店があったらゴメンナサイ。)
音楽業界は自分たちの権利を守ることばかりで利用者の便宜は何も考えていないのか??
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ああ、写真界と比較すると羨ましいやら情けないやら・・・・
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追伸:そのタレアですが、素晴らしかったことは良く覚えてはいるものの
どんな曲だったのかは無念、忘れてしまっている。
私の記憶力に問題があるのか?
ハタマタ平均的人間の記憶力がこの程度なのかはこの際追及しないこととする。
2002/10/28 某一流企業の新聞告知広告はこんな風に撮影された。
この写真は先日新聞15段(1ページ広告)に使用されたものです。
某一流企業の社長や会長さんたちです。
撮影場所は本社重役会議室。5MX10Mほどの広さでしょうか。
前日夜にセッティングを済ませ撮影は翌日朝8時から9時まで。
セッティング中に少しだけ悩んだことがあります。
一発で撮影するべきか、それぞれ一人づつ撮るかです。
例えば下段の3人。スタジオではないのでライティングが一発で撮るには無理があります。
(豪華大テーブルは移動不可能。)
また一発で撮っても背景は合成が決定していました。
表情も結果的には入れ替えることも十分考えられましたので
全員別撮り。そう決めたのでした。
サイズから言えばD100でも別撮りなら全くOKだったと思いますが
お偉いさん達ですので、それでは如何なものかという声もあり
RZ67で撮影しました。いつものようにカラーポジです。
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数日して一人づつにプリントを差し上げたのですが
その時にカラーで出力したことは言うまでもありません。
さて、この某企業とはどこでしょう? 背景の写真がヒント。
2002/10/26 空が肝心でしょ。良い雲が出ていたら素材用に撮影しよう。
MACで合成をする場合、しばしば空を差し替えることがある。
ところがここで問題。なかなかイイ空がないのだ。
空のCDは何種類も市販されてはいるものの開いてみるとイマイチ。
高解像度を謳っているにもかかわらず随分ざらざらしていたり
ドラマチックすぎたりやたら彩度を上げていたり・・シンプルでイイ空は以外に少ないもの。
ここは時間があるときに自分で空を撮影するに限る。
(とは言うものの何種類も持ってはいないのだが・・)
私が良く使う空はたったの1種類。
28の下の写真の空。三宅島に行ったときに撮影した。
19の空、17の上の写真の空、06の空、全て同じなのである。
季節感があまりなく平和な空、平和な雲、これに尽きる。
35MMではなくせめて6X7。できれば4X5。
ついでの時にでもイイ雲が出ていたら、是非撮影しておくことをお薦めします。

2002/10/24 中央部以外でのピント合わせは要注意か、ニコンD100。
今朝私は5時に起き、アシストのAさんと共に新宿を目指した。
某専門学校のパンフの表紙とイメージカットの撮影のためである。
6時から撮影準備。西口高層ビルの1階のロビー。外はあいにくの雨模様。
幸い昨日のロケハンでデジカメの使用は決定していたものの
8時には撤収して場所は明け渡し移動しなければならなかった。
準備は順調に進むが、如何せん暗い。背景のみでシャッターを押して見る。
1/30秒で F1.4 50MM。ISO200
モデルのために用意したストロボは最低出力に近い25W、それを更に2灯に分ける。
アンブレラを装着し、4MX3Mのディフューザー越しに軽く照明する。
本番では銀一シルクグレーカードでホワイトバランスをとり1/30秒、F2で撮影した。
ストロボにもカメラにもフィルターは使用していない。
上の写真だけ見ると問題がないように見えるが、実は大変だったのだ。
私はこの場所で80回シャッターを押した。
スタジオに戻ってきてMACで確認してみるとピントが甘いカットが目立つ。
何故? D100の場合〔F80べ−スボディと言う意味)5点AFのうち中央部以外は精度が悪いことは
薄々感づいてはいたもののこれほどとは思わなかった。
確かに条件は良いとは言えない。1/30秒でF2。かなり暗い。
しかし、5点AFの中央ではないがサイド側のAF点の真ん中に顔を持ってきて撮影したのに
80枚中1/4は一目でピントが悪いと判明する。
〔恐ろしいことに撮影中は全く気が付かなかった。)
1/4は拡大してみて使えないと判明する。
つまり、1/2。使えるデータが約40枚だった。
F100,或いはF100ベースのD1辺りではこんなことは滅多になかったと思うのだが・・・
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追伸:尤もこの場面でフィルムで撮影をした場合、実効感度の低さ、ミックス光の問題等々
かなり大掛かりにライティングをしなければならず時間内の終了は困難か?
更に付け加えれば、今まではこれほど気にはならなかったので
今回の悪条件が〔かなり暗い)大きな原因だとは思いますが・・
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そう言えば昨日ロケハンに行ったついでにニコン新宿サービスセンターに寄って
ファームウエアをバージョンアップ(2.0)にしてもらったんだけど
それが原因なんて事はマサカないよね?
因みに20分ほどでv−up作業は終了、勿論無料。
2002/12/04 改めてピントテストニコンD100。
2002/10/22 銀一オリジナル シルクグレーカード、お薦め。
今までにも何種類かのカラーチャートやグレースケールを使用してきた。
マクベス、QPカード、コダックグレースケール・・・
今回新たにシルクグレーカード〔銀一オリジナル)を入手したので報告。
サイズはA4 400g/m、厚すぎず薄すぎず、2枚入って1200円。リーズナブル。
コダックのグレースケールはややマゼンタが浮いて見える事があるが、これはそんなことはない。
顔料系のシルク印刷なのでテカりも少ない。
シルクグレーカードとあるのはシルク印刷のためでシルク素材というわけではない。
このグレーカードはデジカメでホワイトバランスをとるための使用が中心と考えられるが
サイズは1/2にカットして使用しても十分な大きさ。
〔コダックと違い、ハサミやカッターで楽に切断できる。)
デジカメでの撮影では、オートのままでも問題ないこともあるが
色味をチョット気にする場合ならこのグレーカードは具合が宜しい。
更に気にする場合にはQPカードを一緒に写しこむ。
もっとシビアな場合にはマクベスを同時に写しこんでおく。
これで、トラブルはかなり回避できる。
(衣料品の染料の問題までは回避できませんが・・)
是非カメラバッグの片隅に入れておくことをお薦めする。
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これらのスケールは勿論フィルム撮影時にも大変役立つことは言うまでもない。
スキャン時に正しいグレーがあればホントに楽ですよ。
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追伸:グレーってホントに難しいですよね。
例えばペーパー。紙バック。どれも色味が転んで見える。
ロットによってバラつきがひどい。
皆さんはどうしてますか?
私は、乳半のアクリル板の下に黒ケンを敷いてしばしばグレーバックを作りますが・・
2002/10/21 ボチボチ本音の話をしようじゃないか。その2
連日盛り下がる話題ばかりで全く情けないのではあるが
何も好き好んで書いているわけではない。
少なくとも私の周りでは、カメラマン、デザイナー等々皆大いに危機感を感じている。
私もその一人である。
さて、成功にしても失敗にしても、結果には必ず原因があるはずである。
ところが、仕事が上手くいかないときシバシバ人間は他人のせいにしたり、時代のせいにする。
上手くいったときは、自分だけの手柄にしようとする。
つい自分中心に物事を考えてしまうのである。
何と自分勝手な話だが、気が付かないうちにこんな過ちを犯していたりする。
しかも始末が悪いことにフリーで仕事をしている場合誰も親切に誤りを指摘などはしてくれない。
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確かに時代が変化したことは事実である。
戦後最悪とも言われる不景気は経験したことが無い。
大なり小なりバブルの頃と比較すれば売り上げを減らすことは避けられない。
しかし、全ての仕事がなくなってしまったわけではない。
特定の誰かだけが秘密の素晴らしい機材を所有しているわけでもない。
日ごろのチョットした小さな積み重ねが気が付くと大きな差になっているに違いないのだ。
最終的な責任は矢張り自分自身にある。
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追伸:取らぬタヌキの自転車操業・・・・
ズバリ私のことではある。トホホ〔しかも一輪車だったりしてネ)
追伸:先日■氏が遊びに来た。
彼はスタジオを持っている物撮り系のカメラマンである。
私とそう言う意味では近いのだが、彼は未だパソコンすら所有していない。
当然?デジカメも。その辺りは大いに違う。
その話題に振ると「僕はこのままで行く。」と頑固一徹。
で、仕事はどうなのかというと、矢張り大変らしい。
進むも地獄、進まぬも地獄??ではある。
2002/10/16 弱肉強食、適者生存は自然界だけの話ではない。
新製品が登場する時、ホテルで発表会を開催したり
新聞15段広告、テレビCMを打ったりと大変な騒ぎになることも、かつては珍しくなかった。
(お陰で私達の仕事があるのだが・・)
ところが今時短命なものは半年、長いものでも数年で寿命を全うしてしまう。
特にデジタル系の製品には長寿を全うするものは殆ど無い。
広告業界がどうもイマイチ景気が悪いのは政治のせいだけではない。
さて、問題は生産終了品。御存知のように話題になることは少ない。
場合によっては不名誉なケースもあるだろう。
殆どの製品は人知れず消えていくのである。
最近この手で話題になったのはソニーのベータ方式VTRぐらいか。
1970年代の半ばの発売だから、例え製品としての寿命を終えたといっても十分称賛に値する。
これから開発される製品では不可能なことだろう。
(まあ、VHSは未だ健在ではあるし、カセットテープも辛うじて生きてはいるが・・)
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ところで、これからフィルムはどうなっていくのだろう。
LPが一部の熱狂的な支持者によって生き残ったのと同じように
トランプやボードゲームがテレビゲームからの駆逐を免れているように
当分の間は共存するに違いない。
しかし、8mmカメラが消え去ったように、ベータビデオが消え去ったように
オープンリールテープデッキが忘れ去られたように、ワープロが次々生産中止になったように
ユーザーが減少すればメーカーも路線変更を余儀なくされる。
競争原理によって淘汰されざるを得ない。弱肉強食、適者生存、なのである。
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ではデジカメの将来に問題は全くないのか?
最大の問題はデータの保管か。
過去の美術品等に対するデジタルアーカイブ構想なるものもあるようだが大丈夫なのだろうか?
推進協議会のページを覗いてみたが
CDやらDVDやら現在のメディアでの保存が検討されているようだった。
選択肢が存在しない以上仕方がないのであるけれども
100年後にCDやDVDが存在しているとは考えにくい。
今あるどのデジタルメディアも生まれてから古くても20年程度の時間が経過しただけ。
紙が持つ2000年の歴史とは桁が二つも違う。
尤も、今時の写真や芸術や文化であれば数十年保管できれば
身の丈に合った丁度よい時間の長さなのかもしれぬが・・・
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追伸:差し当たり、一番の問題はカメラマンがこれからの時代に生存できるのか?
その一点に絞られると言う噂もある。トホホ
2002/10/13 ああ神様、私はデフレスパイラルの進行に加担してしまいました。
ああ、神様。私はまたウソをついてしまいました。
多摩川の河原で楽しそうに縄跳びに興じているモデルの女性を切り抜いてしまいました。
こんなキレイな空ではなかったのに有りモノのCDーROMから空を差し替えてしまいました。

〔この写真は28のモデルの一部を拡大したものです。)
しかも、どうでしょう。髪の毛一本一本までの見事な精度で切り抜いてしまったのです。
カメラはニコンD100。A3(420X210mm)の原稿のクオリテイに不安を抱くと同時に
何の躊躇いもなく切り抜きを決意してしまったのです。
(場合によっては残酷なことに手足をバラバラにすることさえあるのです。)
あアア、神様。更に私は何とデフレにも一役買っているのです。
この写真をフィルムを使うことなく完成してしまいました。
荷物が少ないことを良いことに〔デジカメなので)現地まで電車で行ってしまいました。
実に私は日本の消費拡大の足を引っ張っているのです。
。
。
オオ、神様、罪深い私をどうかお許し下さい。
2002/10/12 過去の遺物になってしまったのか?70mmパトローネ入りフィルム、パノラマカメラ
ブローニーフィルムといえば当然60mm巾で遮光のための黒い紙と一緒に
プラスチックのリールに巻かれているのが普通だが
35mmのようにパトローネに入ったタイプのものが存在する。
70mm。長尺フィルム。
実は私も過去に一度しか使用したことが無い。
〔上の70mmフィルムはタマタマ冷蔵庫の片隅に眠っていた一本)
5,6年前のことだったか、パノラマカメラを優美レンタルで借りて使用したことがあった。
大振りなカメラで電源部が別にあり電動でグルリと回転する仕組みになっていた。
その気にさえなれば360°どころか720°でも撮影可能。
そのカメラに使用したのが70mmフィルム。
渋谷駅前ごったがえすスクランブル交差点のすぐ傍で撮影をしたのだった。
●
昨日のことだったが、「新藤さん、またあのカメラで撮影しませんか?」
と言う楽しい話が舞い込んできたのだ。
私は早速シグマラボにフィルムの確認の連絡をする。
ガーン。取り寄せに2ヶ月かかりますとの想像外の返事。
〔しかも、妙に嬉しそうに言うんだよ、電話の向こうで・・)
優美レンタルに連絡する。
「ああ、あのカメラはやめました。フィルムが手に入らないしトラブルも多くて・・・」
「でも35mmのタイプもあったはずでしょ??」と私。
「以前はね、でもあれも止めました。残念でしたね・・」
「今お貸しできるのはワイドラックスくらいかなあ」
「今時ならmacで合成したほうが良いんじゃないの?」と優美の御主人。
●
撮影日は連休明けの火曜日。丸の内界隈・・
サア、ドウする?
トホホカメラマンの真骨頂を世に示す絶好の機会となってしまうのか?
時計の針だけが無情にも進んでいくのではあった。
つづく。
●
追伸:10/18 結局優美レンタルでワイドラックス35mmタイプをお借りして撮影しました。
朝8:30東京駅丸の内スタート。東京駅構内も撮影。
その後渋谷駅前に移動、そして丸ビル界隈で再び撮影。
お昼時には日比谷公園で撮影。
2002/10/11 西荻窪、柳通り、豚の角煮、楽園。
ここのところ何故か忙しく土日も仕事(MAC作業)だったりするのだが
その日は日曜日にもかかわらず珍しく撮影だった。
それも場所が中央線西荻窪。ややローカルな場所での撮影。
善福寺公園から出発して西荻駅まで
担当者のTサンと大学4年の女性(つまりその女性がモデルなのだが)と
殆ど散歩気分で撮影しながら歩いた。
最後の撮影場所は駅南口から僅かの場所にある通称柳通りを選んだ。
クルマはヒョットすると通行不能、
3〜40Mの通りの両側には間口1間〜1間半程の小さな飲食店が狭い路地に軒を並べている。
時代に取り残されてしまった感もするその路地は、よく見ると新旧入り交じり
一種独特な雰囲気を醸し出している。
路地は次第に夕方の気配が漂い始め、電気が点き始める。
私は10M先に女子大生を立たせ私は一軒のラーメン屋の前でカメラを構える。
暫くするとそのラーメン屋から視線を感じる。
私は「もうすぐ終わりますから。」と詫びを入れつつ顔を見た。
その主人はにこやかに笑顔をたたえ「御無沙汰してました。」と私に挨拶をした。
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彼とは今年の初めに、時々行く富士見丘の飲み屋でタマタマ知りあった。
彼は高井戸から徒歩5分ほどの恐ろしく眺めのいい場所でラーメン屋を切り盛りしていた。
その時の彼は何処か吹っ切れず迷いが顔に出ていた。
それが久しぶりに会って「5月末に引っ越したんです。」と話しだしたその顔は
すっかり自信に満ちたいい顔になっていた。
朝7時半に起床し、夜は1〜2時まで休日返上で働いているらしい。
店の名は楽園。いい名前だ。
生ビール、紹興酒を2杯、クラゲ、角煮を食した。
それからスープも少しいただいた。工夫していることがすぐ分かる。
どれもイケル。角煮は素晴らしい。お薦め。
彼が西荻に店を移転した話は友人から聞いてはいた。
だが、まさか彼の店の真ん前で撮影してたなんて・・
旧知の友人の元気な姿を20年ぶりに見たようで驚くやら嬉しいやら。
些細な事だけれど、チョットいい話。
(正確にいえば、彼から元気をもらった・・そうとも言えるのではあるが)
蛇足ながらカメラはニコンD100。レンズは85mm/F1.4 50mm/F1.4

追伸:西荻は街の大きさが大きからず小さからず程よい大きさで
飲食店もコダワリの店が数多い。なかなか活気のある良い街である。
2002/10/08 私にとってのデジカメ元年は何時?
もしもデジカメ元年を個人的にマーキングするならば何時だろう。
ソニー電子スチルビデオカメラ「マビカ」発表が発表された1981年?
フジ 世界初のデジタルカメラ「フジックスメモリーカードカメラ DS−100」が発売された1986年?
カシオ QV−10(25万画素)が発売された1996年?
ニコン D1(274万画素)が発売された1999年?
ニコン D100(610万画素)が発売された2002年?・・・
私は今年の5月まではD1が発売された99年だと考えていたが
D100を手にすると、これこそデジカメ元年に相応しい、と思うようになった。
実際に最近35mmに関してはD100を手にして以来フィルムの消費量が激減した。
先方がデジカメの方を指定してくる場合もあるし
私がとりあえずD100に慣れるために半ば強引にD100で仕事を進める場合もある。
お陰で大分違和感が薄れてきたのは紛れもない事実だ。
かつてD1も所有していたが、流石に仕事での使用はサブカット以外では難しい。
プリントで見るかぎりA4は勿論クリアするし、AFの性能等D100以上のメリットもあるのだが
ホワイトバランスの取り方が、あまり上手でなかったのと画素数の少なさが致命的だった。
結果的には仕事で使用したことはサホド多くはなかったかもしれない。
さて、D100に交換して始めのうちは不安でフィルムもコッソリ持っていったりしたことがあるが
今は大胆にもD100ボディ一台のみ。
ポラボディも必要ないし、カラーメーターも入らない。
CCフィルターも殆ど入らない。何なら露出計も入らないかも。
バッテリーも大抵は一つで事足りる。
ストロボも小型のもので十分。逆に出力が大きすぎると使いづらい。
CCDに紛れ込むゴミ問題だけは相変わらずではあるが
今のところは大きなトラブルもなく、順調って感じ。
どうだろう。これで1000万画素オーバーのボディを手にしたとき
私にとってのデジカメ元年はまた先送りされるのだろうか?
2002/10/06 ブックオフで体験したトホホないい話。
時々五反田のブックオフに帰りがけに寄ることがある。
一階はCDとコミック。活字離れの昨今を象徴する売り場構成である。
普通の書店では、こんな置き方はしたくてもプライドが許さない?
私は、一階には目もくれず二階に上がる。
専ら100円コーナーの文庫を端から物色する。
しかし、その日は小一時間も眺めていたのだがどうにも気に入った本が無い。
100円コーナーではない書棚も見たのだが、無い。
恵比寿の有隣堂ならこんなことは無いはずなのだが・・
(つまり読みたくなる本が平積みされているってことか。)
仕方なくもう一度100円コーナーで普段なら手を出さないような一冊の文庫を手にしてレジに並ぶ。
若い店員。「有り難うございました。315円になります。」
「えっ?100円じゃないの? 100円コーナーから持ってきたんだけど??」と私。
その若い男性の店員はチョットお待ち下さい。と言ってサッと100円コーナーから
私が選んだ文庫よりも更にキレイな一冊を選んで持ってきてくれた。
少しもイヤナ顔をせずに。
さて、これはブックオフの社員教育が良いのか、彼の性格が律義だったのかは不明であるが、
100円の文庫たった一冊の中年男に少なからぬ衝撃を与えた事は否定できない。
手にした本には残念ながら感動しなかったけれど、
その日チョットだけいい気持ちで帰路につけたのは
既に体内に摂取された少量のアルコールのせいだけでは、絶対に無い。
追伸:ところで、誰に向かって発せられているのか不明な
店内でやたら連発される「イラッシャイマセエエ〜〜。」の掛け声は賛成しかねる。
社員やバイト君に半ば強制された店に対する忠誠の証しにしか聞こえないのだけれど、私には。
まあ、ブックオフに限らず良く聞く声ではあるのだけれど。
2002/10/04 律義に中型デジカメ(DCS 645)を購入された方は、これで安心です。
過去を忘れてはいけません、が今日は前向きに明るくいきましょ。
10/02のコダックDCS Pro14nの続き。
DCS 645、1658万画素が発売されたのが今年の7月。値段が169万円。
それから僅かに半年で35MMフルサイズCCD1370万画素の登場となった。
270万画素のニコンD1(65万円)で騒いだのが99年の9月。
3年で5倍。凄まじい進歩だ。
さて、DCS645は36.86X36.86MMの正方サイズ。4072X4072ピクセル。
印刷媒体が正方形でないケースが多いことを考えると
4072X2887=1175万画素が有効。
ガビーン!(フ、フルイ)EOS 1Dsと同等ですかあ。
4536X3024ピクセルのDCS Pro14nなら文句無く画素数では上、になる。しかもEOSの半値。
チョット待った。
ってことは大枚はたいて645を買った人はどうなるの?
169万円ー4000ドル。この差額は何処へ消えるわけ?
半年で100万。ウッこれは痛い。
(同じコダックという点が、また泣かせる。)
レンズの選択肢も35MMの方が遥かに広いしAFの効きも中版を寄せ付けない。
重量も軽いし手持ちのレンズが使える・・・
マズイよ、暴動が起きる。取り付け騒ぎが起こるよ。
世界恐慌が起きるよ、これは。
これを売りつけたプロショップには投石騒ぎが起きるかもしれない・・
●
シマッタ、今日は明るく前向きに。これを忘れるところだった。
ここで発想を変えてみましょ。
●
律義に中型デジカメを購入された方は、これで安心です。
少なくとも、あなたは技術の進歩に多いに貢献しました。
モノは考えよう、ベンチャー企業に投資したと考えればよいのです。
お陰で物凄い製品が次々登場して人類をバラ色の未来にいざなってくれる。
しかも超ラッキーな事にあなたの不運は、これですっかり使い果たしましたから
これからは必ずや上り調子、前途洋々たる未来が約束されたも同然・・・
もう万全。
つまり、あなたは計らずも幸せをお金で買ってしまったわけです。
(個人レベルで購入された方は滅多にいないとは思いますが・・)
●
考えてみると私も随分色々投資をしてきました。
MACから始まりピクトロ、スキャナー、ニコンD1にも投資しました。
ほら、お陰様で、もう毎日がバラ色。
仕事はバンバン来る。
しかもどの仕事も手離れが良く、十分に磨かれたこの技術に対して
身に余るギャラを保証してくれる。
ドアを開ければ新製品をモニターで使ってみて下さいとメーカーが長蛇の列。
ズバリ絶頂とは私のためにあるような言葉ですね。
どうです? あなたも未来のために投資しませんか?フォッフォッフォ
●
エッ、トッホッホのマチガイではないかって?
・・・・・・・・シーン。
追伸:ところでキャノン EOS 1Dsはどうすればいいわけ?
これじゃ引っ込みもつかないし、発売以前に値下げするのもカッコ悪いしねえ。
2002/10/03 ボチボチ本音の話をしようじゃないか。
バブルがはじけて10年あまり。消費税が5%になったのが1997年。
その辺りから広告業界も未曾有の不景気に見舞われている。
交際費や広告費は真っ先に削減の対処になる。
インターネットの普及もそれに輪をかけた。
その間、店じまいしたデザイン事務所やカメラマンのスタジオを何件か知っている。
今月も取引のあったデザインプロダクションが2件倒産、自己破産の道を選択するらしい。
私もまた回収不能に陥った売掛金を抱えてしまった。
失われた10年、負の連鎖、デフレスパイラル
リストラ、失業、自己破産、ホームレス、自殺、この手の話題にはこと欠かない。
実にそう言う時代なのだということを実感する。
(そう言う私も周りに迷惑をかけつつ何とか生きているのだが。)
●
本来なら技術の進歩は明るい話題のはずなのに
便利になること自体がコストダウン、つまりデフレ要因になってしまっている。
インターネット、パソコン、デジカメ・・・
人々が全てのことに疑心暗鬼になってしまっている。
内閣改造が吉と出るのか、ホントに徹底した改革が出来、それで明るい未来が開けるのか。
私には判断ができない。
ただ間違いなく言えることは、失われた10年だけではなく
更に溯った長期間の責任が政治家には存在する。
(例え彼等を選んだ責任が我々にあったとしても)
政治家はプロとしての誇りをもって、利権やエゴにとらわれずに
ここに暮らす人々のための政治を粛々と行って欲しいものである。
追伸:こんな愚痴をこぼすのは40代半ば以降の特徴か?
きっと20〜30代の人はサホド痛切には感じていないだろうなあ・・
2002/10/02 デジカメはカメラマンを置いてきぼりにするつもりか?
コダックDCS Pro 14n 1370万画素デジカメ
大阪在住のK氏からメールをいただいた。
コダックからCMOSセンサー35MMフルサイズ1370万画素一眼レフタイプデジカメが
発表されているという情報だった。
フォトキナで9月23日に発表されたらしい。
名前は コダック DCS Pro 14n。ニコンFマウント、F80ベース。
4536X3024ピクセル 1370万画素 展開時のファイルサイズ41M
記録メディアはコンパクトフラッシュ 或いはMMC/SDカード
8フレーム連続撮影(アップグレードで18フレーム可能)
FIREWIRE接続可能
KODAK DCR(RAW)・ERIーJPEGフォーマット
価格は4000ドル
http://www.dpreview.com/news/0209/02092304kodakdcs14n.asp
●
正直な感想を書けば、早すぎる。
ヤッテラレナイ。
デジカメはカメラマンを置き去りにして行ってしまうのか?
実はここ数日良くないニュース(プライベートな話ですが・・)が立て続けなこともあって
素直に喜べない・・そんな気分。
この進歩のスピードがデフレの原因なんだからあ。
因みに銀一経由で流れてきた話では、ニコンのミラーボックスの
サイズでは35MMフルサイズCCDは内面反射の問題で
無理なはず・・とニコンはコメントしているらしい。
ラボ経由で流れてきた話では、コダックは切るときはバッサリ切りますからねえ・・
その辺が心配ですよねえ・・といってました。
●
チョット気を取り直してと。
さてニコン。どうするのか?
ニコン D2?それともD200?さあどっち。
追伸:更に新情報。DCS Pro 14nは12月末から1月、発売らしい。
それからニコン。D2は近々発表されるらしい。
CCDはCMOSタイプ。コダックからのOEMらしい。(つまりフルサイズ?)
ボディはDCSとは異なりF100ベース。
最近にわかに増えだしたCMOSタイプは開発費が安い。
シャドー部のノイズが少ない?
簡単に言うとコストパフォーマンスの問題らしい。
追伸:10/03 これは確かな情報ではないが、ニコンがデジカメ用に新マウントを開発中?らしい。
より大きめでゴミが入りにくい構造?
矢張りCCDは大型にメリットがあるってこと??
追伸:10/07 このデジカメは1370万画素、つまりハーフで撮っても680万画素の情報量を持つ。
普段はハーフ、スペシャルは1370万画素。
そんな使用法が一番相応しいのかもしれない。
まだデータも見たことが無いし、実用的なスペックも公表されていないので何とも言えませんが。
2002/10/02 48年間使用してきた肉眼 VS 未だ14歳のデジカメ
昨夜布団の中での出来事。
窓からの薄明かりの中で周囲を見回す。
見慣れた光景だが暗いためにモノクロに近い色に見えることに改めてビックリ。
当たり前のことだけれど、更にドンドン暗くすればどんなに目を大きく見開いてみても何も見えなくなる。
しかしながら、日常生活レベルの条件であれば
効きの良いオートホワイトバランス、自動追尾機能付き視線入力オートフォーカス、
AIオート露出、パーフェクト逆光自動補正、オートクリーニング機能、3D距離測定機能、
そこそこのマクロモード、適度なダイナミックレンジ、個体差はあるものの感情表現機能までを完備している。
そして瞬時に何処も操作することもなく脳裏にイメージを描いてくれ、記憶される。
しかも私が所有している如何なるレンズよりも小型な上に48年間の酷使にも堪えてきた。
人類誕生以来、数百万年の歴史がある由緒ある有機レンズだ。
●
さて、ここからはスタジオでの話、ここでデジカメの登場になる。
ボディはニコンD100、レンズは50mmF1.4としよう。
暗闇だからISOは1600。
かなり暗い状態で本棚を眺める。
肉眼では雑誌の存在は確認できるがタイトルまでは判読不能。
D100のファインダーを覗く。流石にAF補助光無しではピントが合わない。
オート露出、1/10秒 F1.4 手持ちでカシャ。早速液晶でモニターする。
驚いたことにチャンと写っている。タイトルまで読める。・・・
大したものだ。フィルムではこうはいかない。
こんな時のために進歩という言葉が用意されている、と自分に言い聞かせる。
●
CCDの発明から30年あまり、
いわゆるデジカメが登場して(フジDS−100)から14年。
たったの14年でここまで成長してきた。
ウ〜ム、末恐ろしい中学生だ。
追伸:1981年にソニーがマビカを発表
1986年にはキャノンがRC−701市販する。いわゆる電子スチルビデオカメラ。
この辺りの機種は現在のデジカメとは構造が違うらしい。
ビデオカメラの記憶メディアにフロッピーなどを使い
静止画を記録するため・・とでも言おうか。
CCDもビデオカメラの流用。
初めてのデジカメと呼べるのが1988年発売のフジDS−100らしい。意外なことに・・
2002/09/30 日本人は洗脳されている?日米のヤフオクに見るお国事情。
料理写真家のY氏が先日ヤフオクのUS版を覗いたらしい。勿論カメラコーナー。
私も数日して覗いてみた。彼の言う通りだった。
実に盛り上がっていない。
出品数も種類も日本の比ではないのだ。実にショボイ。
(写真だけでなく全てのジャンルで日本よりも低調に見えた。)
高級一眼タイプは殆ど皆無。デジタル一眼も皆無。
カメラ本体の出品数で見ても何と日本の1/20位の数である。
考えてみればスナップ写真を撮るのにコンパクトカメラで十分。
(私は仕事以外で一眼レフを使用することは殆ど無い。)
米国が実用主義であることの証しなのか?
どうやら日本人は物を持ちすぎているのか?持たされてしまったのか?
●
三男の小学校の運動会は毎年見に行くがニコンF5に300/2.8を三脚に載せ
悠々と撮影している男性がいたりする。
年のころは私くらいにも見える・・あっぱれな人だ。畏敬の念を禁じえない。
どんなに不況でも潤っている人は必ずいるって事か?
とは言え、ここらで切り替えが必要だ。
モノより心・・・か。
追伸:ついでながらMACのデスクトップ機にいたっては20:1300。1/65である。
ウインドーズ機でも日本の1/3。勿論日本の出品量が断トツに多い。
ホントにアメリカ人はインターネットしているのか不安になってくる。
みんなパソコン持ってないの??ナワキャナイヨね。
時間が合ったらもっと詳細な日米の比較をしてみようと思う。
ニュースには現れない真実が見えると思うなあ・・
●
広告写真家がモノより心・・・何て言い出すようじゃ矢張り世も末か?
追伸:ウワア。早とちり。
時間があったので更に「AUCTION」で検索してみたら・・・
今書いたことの半分は訂正しなければならなくなりました。
驚くべきことに米国のオークションではeBayが圧倒的なシェアを誇っているようです。
カメラでもMACでも日本のヤフオク以上の出品量を確認しました。
井の中の蛙大海を知らず、
視野は広く持てという良い教訓??でしょうか。
クワバラ、クワバラ・・
(蛇足ながらクワバラとは、雷鳴の時落雷を避ける呪文として用いる語。
一般に忌まわしいことを避けるためににも言う。だそうです・・)
2002/09/29 気が付けば私の周りに既に二人のD100ユーザーが
一週間前の土曜日、多摩川でプレゼンのための撮影をした。
ブランコやら鉄棒で女性の撮影をしたのだ。
プレゼンだったせいもありニコンD100で撮影し、その日のうちに
メールに添付してデザイナーのM氏に送ったのだが
そのM氏が鞄から私にこっそりと見せてくれたものがある。
「実はこれを買ってしまいました。」とD100をチラリと見せてくれたのだ。
(M氏は多芸な方で写真展を開いたこともあるし鉄道や飛行機にもやたら詳しい。勿論デザイナーとしての才能も素晴らしい。
物腰も柔らかく、気取らず、人格的にも非の打ち所が無い。そんな人である。)
●
それから数日後、以前私のアシストをしてくれたA君が遊びに来た。
今年は波に乗っているようで生き生きした顔で現れた。
そのA君もD100を手に入れたらしい。
ついでに言えば噂のeMacもゲットしたらしい。実に矢継ぎ早だ。
全てが順調に廻りだしたようで素直に私も嬉しい。羨ましい。
(2歳8ヶ月になる男の子の父でもあり、今はフリーカメラマンとして頑張っている。)
●
聞くところによれば近頃ニコンF5クラスのボディは不振を極めているらしい。
考えてみればこの不景気もありF5ではなくF100で十分だろうし
この手のボディは全く問題もなく10〜15年の酷使に堪えてしまう。
(つまりメーカーとしても旨味に乏しい?)
しかも時代は確実にデジタル化の流れの中にある。
F100を既に持っている人でなくとも今時の選択肢としてはデジタル一眼か。
そう考えていくとニコンF5は、Fの系譜の最後を飾ることになるかもしれない
最近ホンキでそう考える。
追伸:10/02 昨日銀一の店頭で聞いた話によれば、
売り上げに占めるフィルムボディ対デジタル一眼レフボディの比率は1:20位であると言っていた。
念のために言っておけばデジタルが20である。
フィルムボディは買い替え需要が殆どなので
単純な比較は如何なものかとも言っていたが、これほどの差があるとは知らなかった。
2002/09/27 そう言えばオリンパスが発表した4/3インチCCDデジカメ新規格はどうなったのか。
オリンパスが4/3インチCCDデジカメの構想を発表したのは2001年4月。
あれから既に1年半経過したがその後の具体的な情報は未だ聞こえて来ない。
とは言え、9月24日にはオリンパスとコダックがこの新規格を
採用することで合意し、富士もこの規格に賛同したらしい。
4/3インチサイズ(18mmX13.5mm)は現在のニコンD100や
D1XのCCD(APSサイズ)よりも小型。
レンズは今よりも高解像度に新たに設計しなければならない。
しかしフィルムカメラ時代からのレンズではなく
デジタル専用の小型のボディと小型のレンズが可能になり
オリンパスの発表によれば、そのサイズで1600万画素も可能だという。
D1やD1Xの時代、CCDの1ピクセルが大きいことがダイナミックレンジの点で
大きなアドバンテージがあるように言われたが最近そんな声もあまり聞かなくなった。
1ピクセルが小さくとも技術の進歩がそれをカバーしているのか?
●
もしもこの規格が実際にかなり有望な計画だったとしよう。
(より技術が進歩すればその通りになるかもしれないが・・)
キャノンのEOS−1DsやコンタックスのNデジタルは
イキナリ旧タイプの化石と化してしてしまう。
メーカーにとっては今のレンズを流用することが手っ取り早いのは事実だ。
今ある資源を大事にするべきか、新たなページをめくるのか、
メーカーもユーザーも悩みどころではある。
ところで、面白いことにオリンパスはこの新規格の発表後10ヶ月で
レンズ交換式フィルム一眼レフカメラからの撤退を決めてしまった。
確かにオリンパスのフィルム用一眼レフの競争力はイマイチだったかもしれぬ。
コダックにしても何時までもニコンやキャノンのボディを使い続けることはあまり得策とは言えない。
ニコン、キャノンですら何時までも35MMのボディに拘ってもいられないかもしれない。
この新規格の行方は暫くの間注意深く見る必要がある。
●
追伸:今ひらめいた。
ニコンはAPSサイズ専用の、つまり今のレンズよりもイメージサークルが小さく
その結果より高解像度のデジタル専用レンズを作るってのはどうだ?
当然レンズも小型化できる。
ボディ自体はあまり小さすぎても使いにくい。・・・・
それにしてもCCDのサイズの問題は奥が深い。
このペースでデジカメが進化を続けると
10年後には一体どんなカメラになっているのやら。
カメラマンがどうなっているのやら・・・
追伸:09/28 1600万画素についての補足
1600万画素に拘る理由がある。
4X5インチサイズの大型カメラを使用しそのフィルムをスキャンする場合
多くは1000dpi、およそ50Mのサイズで取り込む事が多い。
ポジ出力する場合はこの逆、1000dpiで出力してもらう。
つまり50Mの大きさがあれば殆どの仕事は間に合う。
1600万画素は48M・・・
このファイルサイズは必要にして十分。分かっていただけたでしょうか?
2002/09/25 キヤノン、35mm画角に対応した1,110万画素一眼レフデジカメEOS-1Dsを発表。
ZDNet Mac:NEWS 【デジタルフォト】 2002年9月24日 04:15 PM 更新
キヤノン、35mm画角に対応した1,110万画素一眼レフデジカメEOS-1Dsを発表
キヤノンは、有効画素数約1,110万画素のCMOSセンサーを搭載したプロ用デジタルAF一眼レフカメラ
「キヤノン EOS-1Ds」を11月下旬より発売する。価格はオープンプライス。
キヤノンは、有効画素数約1,110万画素のCMOSセンサーを搭載したプロ用デジタルAF一眼レフカメラ
「キヤノン EOS-1Ds」を11月下旬より発売する。価格はオープンプライス。
同製品は、1,110万画素CMOSセンサーにより、全てのEFレンズがそのままの画角で使用でき、
現行の35mm一眼レフカメラと同じ感覚で撮影することができるデジタルカメラ。記録画素数は最大4,064×2,704。
ボディ外装には軽量・高強度なマグネシウム合金を採用し、徹底した防滴・防塵構造を施した。
また、45点の側距点を持つエリアAF、高性能なAF撮影が可能な7点のクロスタイプAFセンサーを搭載している。
測光方式には、21分割評価測光のほか、中央部重点平均測光やマルチスポット測光などの6種類を用意した。
目的に応じて色空間、発色特性も選択できる5種類のカラーマトリックスや10種類のホワイトバランスモードを搭載した。
ISO感度は1,250まで、1/3段ステップで設定可能。
インタフェースはFireWire。記録媒体はコンパクトフラッシュカード。
本体サイズはW156×H157.6×D79.9 (mm) 。本体重量は1,265g。
追伸:zdnet mac:news より転載しました。
●
08/18に1000万画素のデジカメの話をしたばかりなのに
予想よりも早く登場してしまったみたい。
一説によれば今までのEOS−1Dはイマイチ不評であったとも聞く。
画素数が415万画素である点、等々
その辺りを乗り越えキャノンが王手をかける。さて、ニコンはどうする?
マウントのサイズがホントにここらでネックになってくるのか?
それとも一気に奥の手で逆転を狙ってくるのか?
予定通り来年は1000万画素以上が主戦場になりそう。
尚、500〜600万画素クラスでは20万円以下の一眼レフクラスも登場するらしい。
気になる値段は店頭で100万を切る程度らしい。(銀一情報)・・残念。
●
1099万画素(正確には)と言うことはホボ33Mのファイルサイズ。
JPEGで保存しても4.5〜5.5M位のサイズ?
ウ〜ム、書き込み時間とバッファーメモリーのサイズがまた問題。
一コマ書き込むのに4〜5秒必要とするでしょう。
(バッファーメモリーにより最低でも5〜10枚位の連写機能は当然ついているとは思いますが・・)
この辺りの問題は分かり次第また報告しますが
ついに広告系カメラマンが本格的にデジタルに転向する決断を迫られることになるのでしょうか?
取りあえず、今から中判デジタルの導入を考えてる方は良く考えたほうが得策でしょう。
追伸:10/02 ガセネタかもしれませんが、1000万画素以上で某社が
キャノンの半値で対決してくるらしい・・・ホントかなあ。
2002/09/23 フナ、クチボソ、見知らぬ大量の魚達。
その川の名前は知らない。見沼用水からの支流であったことだけは確かだ。
川幅は4〜5m位だったろうか、私が小学生だった頃。
つまりもう40年近くも昔の埼玉県南部の話。
その頃冬は十分に寒く、その小さな川には氷が良く張った。
特別寒い冬の朝には、氷の上を歩いて川を渡れるほどだった。
(尤も農業用水を兼ねていたその小さな川は冬場は流れが非常に乏しかったが)
夏休みや休日には釣りを楽しんだこともある。
フナやクチボソ、たまにタナゴが釣れた。どれも小型の可愛い魚達だった。
その川で不思議な光景を見たことが一度ならずあった。
夏場だったと思うのだが、ある日突然川面を埋め尽くすほどの
今までその川では見たこともないような幾種類もの大型の魚(と言っても30〜40cmくらいだが)が
あるものは既に息絶え、あるものは苦しいそうに口を開け下流に向かって流れてくるのである。
その行進は半日も続いた。私は飽きずにそれを眺めていた。
ある年は、流れてきた魚の殆どがウナギだった事もある。
一体今までこの魚達は何処に棲息していたのか?
何故大量に苦しみながら泳いでいるのか、全く不明。
(川に農薬が流れ込んだせいだ、とか幾つかの意見があったが)
今もその川は実家の近くを流れている。
川岸はすっかりコンクリートに覆われ、フェンスも付けられ
容易には近づけないようになってしまってはいるが。
しかも田畑も無くなり家が建ち並び、その川は流れていても、もう誰の関心も引かない。
農業用水としての使命もすっかり終え、余生を細々と生き永らえているようだ。
私ですら、当時はフェンスもなく縁を歩いていて川に落ちたことを忘れかけるほど、もう遥か過去の話。
ヒョットすると、その事件は子供の頃の白昼夢だったのか。
2002/09/21 史上最強のニコンD100誕生なるか?ニコンPB−4をついに改造。

上の写真が問題のニコンPB−4改。
ご覧のようにヤヤ見苦しくもあるが機能性は抜群。
今までのシフト、スイングに加えてライズ、チルトも可能になった。
材料はハンズで購入した3MMの銅板(200円)、3MMのタップ(710円)のみ。
加工は両サイドのスリットが一番手間取る。根気がいる。
次が折り曲げ。銅とは言え3MM厚なのでそれなり。
万力ぐらいは最低必要か。
(因みに旋盤は無いけれど、一通りの工具は持ちあわせています。)
一番決心を必要とする部分はレンズボードを本体から切断するとき。
もうこれで後に戻れない。悲壮感が漂う。金鋸で丁寧に切り離したあとヤスリで研磨。
タップは写真でも見えますが固定用の3MMの皿ネジ3本のために使用。
加工は途中から料理写真家のY氏にも手伝ってもらい4時間くらい。
さて無事に組み上がる。
スリットの研磨が不十分なのかライズの動きが少々渋い。また両サイドの固定用のネジが小さく力を入れにくい。
しかし基本的には強度はこれで十分。銅は意外に正解だったかも。
これで新藤事務所のニコンD100は史上最強に変身?したか。
未だ実戦配備していないので真価は不明。
勿論D100だけでなく殆どのニコンのボディに使用できる。
(モードラの付いたボディの場合、横位置の時にボディを前方に移動することが出来ない。D100や
F100ならばいっさいの制限を受けない。)
結果は、これまた乞う御期待。
●
追伸:近藤さん、こんな姿になってしまいましたが許して下さいね。有り難う御座いました。
追伸:09/28 アオリのムーブメント量が増加すると蛇腹の自由度が問題になってくる。
これで一部分袋蛇腹になっていると文句無いのだけれど・・・
次の課題がまた出来てしまった。トホホ
2002/09/18 あのバリバリの写真家が3週間ぶりに日本に帰ってきた。
7/16日のM氏のことである。今回彼はD1XとD100の2台のカメラをもって
バリに出掛けたことは前回報告したが、一昨日無事に帰ったと連絡があった。
レンズは17−35,28−70,80−200 全てAF−Sのズームレンズ。
iーbook、CD−R数十枚、メモリーカードは256Mを2枚、128Mを1枚。
今回の旅のために新しいカメラバッグも手に入れたらしい。
国産の優れ物でiーbookまでカメラバックに収まるようになっていてこれ一つで
機材は全て収まってしまったらしい。
それなりな重量にはなるが、流石国産痒いところに手が届く。
撮影は殆どRAWデータで行ったらしい。
(その代わり殆どの設定はオートにしてしまったらしい。)
撮影は特別トラブルもなく順調だったらしい。
フィルムでは諦めていたような暗い場面でも驚くほどキレイに撮れたと感動していた。
実効感度がしっかりあるので速いシャッターが切れるのも嬉しい。
プライベートな撮影でフィルム代を気にしなくて済むのも嬉しい。
ノートパソが増えたこと以外は機材はコンパクトと言ってイイだろう。
●
M氏は万全を期して全てのデータをCD−Rに焼いて持ち帰ってきたそうだ。
全部で35枚・・・
残念ながら私はここまで大量のデータを一度に撮影したことはない。
しかもRAWデータで・・(私は特別の事情が無いかぎりJPEGで撮影しています。)
これはセレクトだけでも大変なことになる。
2400〜500枚のRAWデータ。ニコンビュー5で開くだけでも骨が折れる。
さて、無事に写真集出版にこぎ着けるのか、
この後日談はまた次の機会に・・・
●
追伸:10/12 昨日彼がスタジオにやって来た。
新しく出版する写真集とiーbookを抱えて。
iーbookにはセレクトを終えたバリの写真が納められていた。
殆どの撮影はオート露出、オートフォーカス、オートホワイトバランス。
カメラ任せではあるが、見たところ全く問題はないし、逆に撮影に専念できたようだった。
写真はどれも優しく彼の人間性が良く現れていた。
発売が楽しみな一冊ではある。
2002/09/15 これからの常識?ブロードバンドにファイアウオール。
昨日の新聞だったか、NASAのコンピュータに不正アクセスしようと試みたハッカーが
日本国内のパソコンを中継地点として利用した。
そしてコンピュータの管理者(つまりあなた)にNASAから警告のメールが届いたとの記事があった。
持ち主は、ハッカーに利用されている事を知る由もなく、常時接続のリスクは正にその辺にあるらしい。
簡単に言うとあなたのパソコンが、あなたの知らぬ間に何時NASAや
ペンタゴンのシステムにハッキングしてもおかしくはない。
ハッカー達は自分のパソコンから直にハッキングするのではなく
途中に何台ものPCを経由させて発信元を見えなくするらしい。
その何台かの一台にあなたのパソコンが選ばれる可能性があるわけだ。
●
先程料理写真家のY氏とBBフォンで会話をしたのだが
二人ともシマンテックのパーソナルファイアウオールを同時期にインストールしていて
つまりYAHOO BBもホボ同時期、約2週間前に加入している。
パソコンは二人ともMAC G4/OS 9.1。
ファイアウオールのウインドーを開くとアクセス履歴が確認できるようになっていて
不正なアクセスも確認できるのだが
Y氏のアクセス記録には10件以上のアクセス拒否の履歴が残されているらしい。
私も確認してみた。
残念なことに?私のアクセス記録には不正は見られなかった。
実はY氏と私のシステムには僅かながら違いがある。
Y氏はモデムからのコードを直にG4に接続しているのに対して
私はコレガのルーターを入れてあるのだ。
(このルーターは2台のMACのためのハブにもなっている。)
コレガの箱にはファイアウオール機能付きと書かれていたので
シマンテックのファイアウオールにたどり着く前にコレガのファイアウオールに行く手を阻まれた・・
そう解釈するのが正しい様な気がする。
但し、コレガだけでは不正アクセスの件数までは把握できないし
どの程度まで効果があるかは未だ未知数。
とは言え、せめてどちらか、できれば両方備えればかなり心強い。
ブロードバンド常時接続は良いことばかりではないので要注意。
備えあれば憂い無し。
2002/09/12 どうしたの?ソフトバンクのホームページが開かないよ。
9/6 11:50分、ソフトバンクの歴史を調べようと思いgoogleで検索をした。
当然訳なくあっという間に20万件以上の検索結果が示された。
一番上のソフトバンクのホームページにアクセスを試みる。
いつまでたっても開かない。
htmlがループになってしまっているのか永遠に止まらない。開かない。
諦めて孫正義で検索を試みる。これまた1万件近い検索結果。流石だ。
当たり前だが無事に開く。
歴史を語ったページがあったので開いてみた。
学生向けのリクルーティング用のページだった。
しかし、ソフトバンクの設立について語っているにもかかわらず正確な設立日時が書かれていない。
ページの上部にあるサイトマップからトップページに行こうと思ったら
アララ、リンクが切れている。ウンともスンとも言わない。
オイオイ。大丈夫なのかい? 最近色々噂があるけれど・・・
5分後にもう一度試してみたが同じ結果だった。
(1時過ぎにも試したがダメ)
●
孫正義は1957年佐賀県生まれだそうだ。
1981年にソフトバンクを設立して20年あまり。
その道筋の半分はバブル期、後半は下り坂の日本の中で
数少ない勝ち組だったはずなのに・・・
私とサホド変わらぬ時代に人生を歩みながら、こうも違う。
正直にスゴイ人だと私は尊敬している。
所帯が大きくなるとスミに目が届かなくなる。これはある意味では仕方がないこと。
しかし、web siteのトップページが開かないのは9時になっても銀行のシャッターが開かないのと同じ。
タマタマ私のmacが不調だったのか?websiteのメンテ中だったかもしれないけれど・・
それにしてもメンテ中ぐらいの表示は可能だろう。
矢張り一抹の不安を感じる。
こんな時代だからこそ、こういう新しい会社が元気でなければいけないはずですよね。
追伸:09/12 13:00 先程もアクセスを試みてみたが開かない。
ホントにどうなっているんでしょうか?
IT業界の雄としてのプライドを是非見せていただきたい、そんな気分。
ホントはこんな事書くつもりは無かったのですが
あまりに長期間アクセスできないものなので・・・激励の意味を込めて。
追伸:09/17 あらら、本当にまだ開かない。9/6からだからもう10日以上。
追伸:10/26 先日ウインドーズユーザーのY氏にこの話をしたら
早速持っていたノートで検索してみてくれた。
どうだろう、無事につながる。
MACとの相性が悪いの?それとも私のMACに何かプラグインが不足してるの?
取りあえず、ゴメンナサイ。誤っちゃおう、ここは一つ。
2002/09/09 ビールの撮影はこんな風に行われた。
このビールの撮影は中々スリリングだった。
これまたタイトなスケジュール。
先ずジョッキを探す。(この程度なら今時スタイリストの出番がない。)
業務用ということもあり意外に難渋する。
何軒か周り渋谷の問屋にたどり着く。
夏も終わりに近く、2〜3日あれば取り寄せられますよ・・とのこと。
更に「どうですハンズは行ってみましたか?」と御主人。
え〜まだですが・・・
その問屋からハンズまでは歩いて僅かに5分位か。
行ってみて驚いた。2種類もある。
チョットだけオシャレなほうを私は選んだ。
帰り道、ビールもゲット。
勿論ジョッキ、ビールの量ともにかなりの余裕を見込んである。
スタジオに戻って正午。撮影の手伝いをお願いしたAサンが現れる。
先ずビールがこぼれてもOKなようにビニールを張る。
次にライトのセット。
ストロバの閃光時間が短くなるようにメインのゼネにはシリーズカットアダプターを取り付けた。
これで2〜3000分の一秒の閃光時間が手に入る。
(尤も全てのゼネにアダプターを取り付けたわけではないが)
ソウコウしているうちに更にまた一人、熊ぼっこのマスターも現れる。
さて撮影開始。泡の丁度良い感じに苦労する。
続いて二人で乾杯をしてもらう。(思ったよりも泡が飛びださない。)
「ダメダメ。勢いが足りない。もっと割れるくらい勢いを付けて。」と注文をだす。
3度目だったか見事にジョッキが割れた。
(ビニール張っておいてよかった・・)
●
結果的にはジョッキは傾斜させてクリップで挟み(つまり見た目の良い角度に)
上からアクリルのキューブを落として跳ね上がったところを4X5で撮影。
ジョッキに落としたキューブはmacで削除。
持ち手を挟んだクリップも後で入れ替えた。
撮影が終了したのが4時くらい。
スタジオ中ビールの香りが拡がり、いい気持ち??
改めて最後に乾杯をしたことは言うまでもない。メデタシ。
2002/09/08 三者三様、皆それぞれの道を歩む。
最近、私の周りで異変があった。
1番目は、私が愛用していたプリンターのメーカーでカスタマサポートをしていたN氏。
購入後電話で質問をしたのがキッカケ。それ以来6〜7年のお付き合いか。
ゴールデンウイーク開けのある日、N氏から退職しましたとの葉書。
何度かメールをやり取りした後、先週3年ぶりに再会した。
意外と?お元気そうだったので私もホッとした。
因みにN氏は私よりも僅かに一つ年上に過ぎない。
(そのプリンターは今も私の自宅で元気に活躍している。)
2番目は同業者、つまりカメラマンのK氏。
未だお会いしたことはない。
デジカメセミナーの話をWEBに書いて以来の言わばメル共。
偶然私のWEBに通りかかりセミナーで同室だったことを知ったらしい。
そのK氏から8月末で事務所から独立しました、とのメール。
この時期に独立するということは、かなりの勇気と努力を必要とする事と思う。
3番目はデザイナーのK氏。初めて一緒に仕事をさせていただいてから14〜5年は経つだろう。
K氏は築地界隈の幾つかの会社で経験を積み昨年独立。
その後も何度か御一緒させて頂いた。
そのデザイナーのK氏から突然のメール。
愛する家族とともに念願の郷里に戻られたとのこと。
勿論デザインの仕事は続けている。
●
三者三様。皆それぞれの新しい人生を歩む。
そのレールが敷かれていたのか、自分で敷いたのかは定かではない。
皆、前進するために決断する。改革のために行動している。
それだけは言える、と私は思う。
2002/09/04 常時接続はスゴイ。これでなければインターネットの意味がない。
経験しなければ理解できないことは山のようにある。
例えばデジタルカメラ。ブロードバンド。
今日はその後者の方の話。
奥手な私はやっとブロードバンドユーザーになれたわけですが
常時接続がこれほど便利なものだとは体験しなければ分からない。
数万冊の辞書が何時でも引けると同じ。
分からないことはすぐ検索できる。
そのお陰で写真の年表まで作ってしまった。
たったこれだけの年表ですが意外にゼロから作ると時間がかかるもの。
常時接続様々って感じですね。
但し、何時もつながっているということは外部に対して全く無防備ということでもあり
突然ですがシマンテックのプライベートファイアウォールを導入しました。
効果のほどは未だ分かりませんが後ほどまた報告します。
兎に角、インターネットは常時接続して初めて意味があります。
メールのやり取りにしても数時間して開くのでは
基本的に郵便とかわりません。
未だ時間接続の人に是非お薦めします。
蛇足ながら接続スピードですが私の場合
Download 6.03Mbps
Upload 742Kbps
という結果でした。以前の45k前後と比較すると歴然の差ということですね。
●
追伸:09/12 一説によれば日本でもブロードバンドに変えた人が300万人以上いるらしい。
って事は私はかなりの奥手って事?それとも300万が実はガセネタ?
2002/09/01 オーディオと写真に見るデジタル的相関度。
オーディオと聞くとあなたは何を思い浮かべますか?
CDが登場する以前、つまりLPの時代オーディオは全盛期だったといっていいでしょう。
チョットした街には必ずオーディオ専門店があって
高級アンプや輸入物のスピーカーが所狭しと並べられていた時代があったのです。
秋葉原に行けば、さしずめ今のパソコンショップが全てオーディオ専門店だったと思えば分かり易いかも。
オーディオ専門誌も沢山出版されていました。
それだけ読者が、マニアが存在していたということです。
現在でもオーディオマニアは存在していますがその棲息数が激減したことは
皆さんも御存知のことでしょう。
その証が花形産業だったオーディオメーカーの衰退です。
山水、デンオン、オンキョー、パイオニア、トリオ(ケンウッド)、ヤマハ、
ラックス、ティアック、ナカミチ、アカイ、ダイアトーン、
テクニクス、ソニー、ビクター、LoーD、オーレックス、・・・・
早々と家電メーカーは見切りをつけ本業に戻り
専業メーカーの中にも数社はパソコン周辺機器に活路を見いだしました。
しかしオーディオにしがみついたままの企業の末路は悲惨です。
原因は何だったのか?
趣味の多様化、ネアカ指向(オーディオはネクラ、オタク系と見られやすい)
とどめはCDやウオークマンの出現。そしてMD、MP3・・
気が付けばライフスタイルがドンドン変化している。・・・
●
記録という意味ではLP、CDをメディアとする音楽と
フィルムやCD,MOをメデイアとする写真はどちらも驚くほど似ている。
そして音楽の世界では既に20年も前にアナログからデジタルへの移行を済ませてしまった。
写真界はやっと今デジタルのドアが開いたところ。
フィルムが全く無くなることは無いにせよ
世の中のデジタル化の流れを阻止することは不可能なのでしょうね。
2002/08/27 気をつけよう甘い言葉と暗い道。おまけにRAWデータ。ニコンD100
ニコンD100やD1Xの場合、RAWデータが何にでも適するのかというと微妙かもしれない。
一般的にはRAWデータが良いとされている。
画質の点では勿論異論は挟まない。問題はまたしてもベタ。
ニコンビュー5でベタを取れなくもないが元々サムネールから
プリントアウトする方法なので大きなサイズのベタは望めない。
私がベタ用に愛用しているphotogridは残念ながらRAWデータには対応していない。
仕方なくPHOTOSHOPで8bit変換してphotogridでプリントした。
問題はたった1枚の16bitのRAWデータを開くのに
今や非力の部類に入るかもしれない私のMAC G4/450/DUALでは
既にメモリーからハードディスクにデータが転送してあったにも関わらず
何と1.5分も時間がかかってしまうこと。しつこいようだが、たった1枚のデータに。
実は月曜日80枚全てのデータをRAWで撮影してはまってしまったのだ。
ヒョットすると私の知らない素晴らしい方法があるのかもしれないが
驚くべきことに、ベタを取るのに3時間もかかってしまった。トホホ
情けないやら、焦るやら・・・
KODAKのDCSならばこんなことはまさかないだろうが
RAWデータは時々保険で使うのが正解なのか?
どなたか良い方法を御存知の方がいらしたら是非教えて下さい。ヨロシク。
●
追伸:そう言う訳で、今午後9時になろうとしています。
昨日夜が遅かったし、今日もバタバタしていたので目がショボショボするし
タマタマ8月にしては珍しく忙しい今週。
そう言うときに限ってこんなことは起こる。
(私が無知なだけ・・そんな気もするけれど・・)
追伸:08/28 ベタですが私は普通1枚のデータを横5〜6cmの大きさに並ぶようにプリントします。
せめてその程度の大きさがないとピントを始め細かい部分が判断できません。
photogridは如何なる大きさにもベタがプリントできるのでホントに助かります。
●
・・・デジタルなのにベタ。時代に逆行している??・・・
追伸:09/09 キャノンでしたかRAWとJPEGが同時に保存できるシステムがあるのは
今までそれの意味が良く理解できなかったのですが
こんな時は大いに有効でしょうね。
追伸:09/18 何とかPHOTOGRIDでRAWデータを扱えるようにならないかと
NattaWorksの永野さんに昨日メールを書いた。
何時でもすぐに返事いただける素晴らしい永野さんのこと
以前から興味を持っていたらしく
「プログラミングを始めます。」
とそのメールに記されているではありませんか!
これが出来れば鬼に金棒。史上最強。永野さん是非お願いいたします。
2002/08/23 とりあえずのデジカメ三昧。してみる価値は十分。NIKON D100。
実を言うとニコンD100は当分の間は私の手元にあることになった。
その代わりと言っては何だが、COOLPIX5000と
NIKON D1は既に手元から消えてしまって今は無い。
5000はニコンに戻っていただき、D1はヤフオクで私から去っていた・・・
ハードは入れた以上は存分に使用しなければイケナイ。
デジカメはパソコンと同じで足が速い。
使いこなす前にオールドファッションに成り下がる危惧すらあるからだ。
そんな訳でここのところ私はチャンスがあればD100で仕事をするように心がけている。
フィルムと併用することもあればフィルムだけのこともある。
デジカメだけで済ませることもある。
スタジオ撮影では感度の違いから併用は意外に困難を伴うこともわかった。
リングのような通常蛇腹係数が2〜3段もあるような小物の撮影では
トータルで4〜5EVの差になりどちらかに無理が生じる。
取材や対談ならば
2001/09/11 オフィスでの(蛍光灯照明下での)雰囲気人物撮影にバッチリ/東京メタル工業製 エナジーランプ
が大いに活躍してくれる。ISO感度を400にすればなんの不安もない。
フィルターファクターもかからず絞りが開放(1.4〜2.0)ならば1/125のシャッターが切れる。
(本当は2灯欲しいところだが・・・)
大型ストロボは絞りが来すぎて使いにくいケースすらある。
ただ、ポジも欲しいとネダラレルト困る。
ポジ出力1000dpiで5X7cm、コストはそれなりに覚悟しなければならない。
誰がそれを負担するのか?キッチリさせておかないと後々問題になる。
また、何度も言うようだがセレクトや微調整を誰がするのか?
これも問題。
512MのカードにJPEG FINEで撮影すれば約150枚。
それらをベタまでは簡単だが全てのファイルを微調整することは無意味に近い。
ベタを渡し、時間が許せば使用するファイルだけ調整して納品することが望ましい。
ついでながらベタはPhotoGridでプリントすると好みのサイズに出来
必要に応じて細部まで観察することが出来る。お薦めだ。
シェアウエアでネット上でダウンロード出来る。
ニコンビューと上手く使い分けると良いかも・・・
●
追伸:思い返すと今年の春まではデジカメに対してまだ猜疑心がかなりあった。
それがどうだ。手のひらを返すようにデジカメ賛成派にくら替えした感がある。
変わり身が速いのか?執着心が薄いのか?新し物好きなのか?
それともそれら全部なのか・・・悩みどころだ。
2002/08/21 舞台撮影なら絶対にデジタルカメラがお薦め。
8月16、18日の二日間香港アーティストのライブステージを撮影に出掛けた。
16日がアーロン・クォック(Aaron Kwok)
18日がジャッキー・チュン(Jacky Cheung)
両日ともに国際フォーラム(ホールA、5000人収容)が会場である。
機材はNIKON D100,AF−D24−85/F2.8〜4.0
AF−S80−200/F2.8 Ai300/F2.8、
メモリーカード1G分、予備電池、カーボン三脚のみ。
さほど大きくないカメラバックに楽々と三脚を除いたセットが収まった。
カメラマンは両日ともに10数人いただろうか。香港からも来ていたに違いない。
見渡すと35mm一眼レフが8割。小型デジカメが1割。
35mm一眼レフタイプのデジカメは私一人だったようだ。
さて撮影が開始されるやデジタルの威力をまざまざと実感した。
こんな状況ではメーターもあまり当てには出来ず、ポラを撮るような状況でもない。
話を聞くとポジ(RHP400を増感)で撮影している人もいたようだが
直ぐその場で液晶でチェックが出来るありがたさ。
ボディ1台で出掛けたのはやや太っ腹だったがD100はその期待に見事に応えてくれた。
ホントにこんな撮影のために造られたような機材である。
普段、焦点距離が1.5倍になってしまうことは欠点としか見えないが、この時はそれが重宝した。
Ai300/2.8。D100との組み合わせではTTLも作動しないが
元々メーターも目安にしかならない状況で全く苦にならなかった。
(何年か振りで300/2.8を使用した・・・)
ホワイトバランスはオート。ISO800、殆どをJPEG FINEで撮影した。
舞台撮影に関しては素人同然の私でも、それなりに納得のいく写真が撮れたのである。
●
舞台撮影をされている方には是非お薦めします。
●
追伸:何枚かはRAWデータでも撮影した。
コントラストが非常に高いシチュエーションなのでRAWデータの方が結果は良いようだったが
JPEGでも露出さえ合っていればOKと言う感じか。
また、全てをISO800で撮影したが、例えRAWデータでも
レベル補正でシャドー部をのレベルを上げようとするとノイズがそれなりに目に付く。
人のコーナーの2ページの写真は明るさのみ調節した部分があるが
ホワイトバランスはオートのまま手を加えてはいない。全く問題が無いように見える。
2002/08/18 1000万画素クラスの35mm一眼レフデジカメは何時登場するのか?
ここ一月程私のHP上ではD100の話題が多かったがここでもう一度冷静に見直してみようと思った。
D100のCCDは23.7X15.6mm631万画素。実質3008x2000ピクセル。
つまり、従来のフィルムで換算すると1mmあたり126本の解像力だ。
これが意味することは現在のままのCCDのサイズでは
レンズの解像力の問題からボチボチ限界に近づいて来てしまったと言うことだ。
この点を打破するには現段階で次の2点しか考えられない。
1:レンズの解像力を上げる。
2:CCDのサイズを大きくする。
1:につてはデジカメ専用の、つまりもっとイメージサークルの小さいレンズが開発されれば
僅かながら解像力は上がる可能性はある・・・
メーカーは新しい設計の例えばAF−Sの様なレンズの使用を推奨している。
これはCCDに対してなるべく入射角が平行になるように設計されているらしいのだが
CCDにつくゴミの問題から頻繁なレンズ交換は褒められない。
当然、ズームレンズの使用頻度が増加する。
だが、ズームレンズは解像力や歪みの点では不利である。
旧タイプ(AF−Dを含む)の単焦点レンズ、例えば35mm、50mm辺りを
使用すると後玉がCCDに近いせいかゴーストがでやすい。
白バックや逆光では注意が必要である。
ただ、この問題もCCDとフィルター表面の処理で
劇的に改善される可能性が無いわけではない。
2:についてはコダックのDCS760(F5ベース、ニコンFマウント 608万画素)が
一回り大きいCCDとすべてRAWデータ処理を使用して好評を得ている。
D100やD1Xが焦点距離換算1.5倍なのに対してDCSは1.3倍 27.6X18.4mmのサイズだ。
ニコンFマウントは現状ではこの辺りが上限なのか??
取りあえず、仮に30X20mmのCCDが使用できたとする。
D100と同じ密度で製造されたとすれば3800X2560=972万画素。
CONTAX NはフルサイズCCDを搭載している。
このCCDがD100と同密度のCCDならば1350万画素程度にはなる。
計算してみて少しホッとした。
大丈夫。まだ進化の余裕は残されている。
また、撮像素子は現在CCDとCMOSタイプの2種類が知られているが
何時全く新しい素晴らしい素子が出現するとも限らない。
(ダイナミックレンジが広くローノイズ、低消費電力、ハイスピード、ついでにローコスト・・)
少なくとも1000万画素までは、あっという間に必ずやたどり着く。
NIKON D2が登場するのは時間の問題。
来年辺りか?
●
追伸:09/25 アララ、ヤッパリ。出ちゃいますよ。1000万画素デジカメ。
予想よりも少々早かったけれど。キャノンからEOSー1Ds。
キャノンお得意のCMOSセンサー35MMフルサイズ(縮小がかからない)。
4064X2704ピクセル、1110万画素記憶媒体はコンパクトフラッシュだそうです。
私は来年と予想していたのですが外れてしまいました。残念??
さてさて、ホントにどうするのニコンは・・・
マウントのサイズが・・・
2002/08/15 遅ればせながらのブロードバンド化トホホ大作戦。さて、私は虫なのか?
8月上旬のある日、YAHOOーBBから突然の電話。
幾つかの質問の後、現在2ヶ月間無料お試しキャンペーン中なのですが如何ですか?
と、その女性が言うではないか。
1週間程でスプリッタやらモデムやらを送ってくれるという。
これはスゴイ作戦だ。*1
私は現在アナログ回線のMAC内蔵56K純正標準モデムでネットを利用しているが
十分に満足しているわけではない。
ただメールのやり取りやホームページをみるだけならば今のままでも特別問題はない。
しかしながら添付ファイルで写真を送るとかソフトをダウンロードするとなると事情は変わる。
何時だったかダウンロードに何時間もかかってしまった経験もある。
そんな訳で、そのうち機会があれば始めようくらいに考えていた。
正直なところ何処のプロバイダーが良いのか分からない。
値段もソレナリだしねえ・・・・と考えていたのである。
(現在はメールもホームページも無料。通話料だけを負担している。)
YAHOO BBがブロードバンド中、現時点で一番コストパフォーマンスが良いこと(多分)はウッスラと知っていた。
友人の何人かは既に利用している。そんな時にこの電話。グラッと来る。
「ヨ、ヨロシクお願いします。」と即答してしまった。
実は、既に私の目の前に小さな段ボールがあり中にはYAHOOから送られてきたモデム等が入っている。
もうこれだけでブロードバンドに接続できる気分になっていたが
浅はかな私でも遅ればせながらNTTの工事が必要なことに気づく。
そうだよね。これが何だか非関税障壁のようで躊躇していたことも事実なんだよね。
(それから100M光ファイバーのような更に高速な接続法もあるし。・・・)
●
突然降って湧いたような新藤事務所ブロードバンド化トホホ大作戦。
見事に術中にハマリYAHOO BBブロードバンドユーザーになれるのか?
無料2ヶ月間だけで空しく終わってしまうのか?
飛んで火に入る夏の虫とはこの事なのか?
そもそも虫は私なのか?YAHOOなのか?
手に汗握るこの結果は、変化が有り次第追伸で報告予定!
*1 YAHOO BBは電話での勧誘はいっさい行なっていないとHPには書かれている。
子会社及び代理店からの電話ってことか?
●
追伸:08/15 イキナリの追伸。1週間くらい前にフリーコムからメールが来ていたことを
スッカリ忘れていた自分に気が付く。
フリーコムも平成電電とタイアップしてADSLサービスを始めるという内容だったのだ。
先程平成電電のページを確認して驚いた。
年契約ではあるが月額2123円と書いてある。
しかも10Mスタート。年内に12M同一価格で・・
内訳はNTT回線料173円+モデムレンタル料+ADSL回線料1250円+ISP接続料0円
メルアドも変更しなくて多分済む。
但しサービス開始は9月から・・・メールでおくれる最大容量は1Mまで。
眠れぬ夏の暑い夜は当分続くのか?
追伸:08/17 料理写真家Y氏の手元にもYAHOO BBからの小さな段ボール箱が
接続を前にして待機しているという話を聞いた。
●
追伸:08/31 Y氏に引き続き、遂に今日私もブロードバンドADSLユーザーになってしまった。
全くあっけなく。・・・拍子抜けするほど・・・
メルアドも変わらない。
(私の読解力の問題かもしれないけれど、てっきりYAHOO BBの
メルアドになるとばかり思ってました。)
ホントにつながっているの??と疑問に思うくらい・・
確かにスピードも速い。添付ファイルの送信も速い。
ところが人間の適応力の凄まじさはADSLの上をいっている。
モノノ10秒でスッカリ慣れっこになってしまった。
(正直言うともっとめちゃくちゃ速くなるのかと思っていました・・笑)
どうやら進歩というものは、このように音もなくそーっとやって来て
気が付くと其処にいる。
そんな些細なことの積み重ね、ということなんでしょうか。
2002/08/14 NIKON D100+(PB−4)+ペアリング=イケテル。
先日輸入物のブライダルペアリングの撮影をした。基本的には切り抜き8カットである。
普段なら4x5に6x9のロールフィルムホルダーを取り付け撮影するのだが
今回は代理店の担当者にデジタルカメラを併用しての撮影を提案してみた。
さて撮影当日、クライアント、代理店の制作担当者が現れる前に
セットを組み上げニコンD100+PB−4+ELーNIKKOR105mmの
組み合わせでテスト撮影を行なっていると、ヤヤおくれて現れる。
AD氏にデジタルのメリットを説明する。
更に数種のレンズを取り換え撮影する。マイクロニッコール105mmでも撮影してみる。
全員の判断でELーNIKKOR105mmを使用することに決定。
そうこうしているうちに基本的にデジタルだけでOKと言うではないか。
実際に撮影を始めてみると蛇腹が4X5や6X7に比べてあまり伸びないので
ファインダーを覗きながら商品をセットした台に手が届く。
写り込みやハイライトの位置を探るのも覗きながら出来る。
カメラが小さい分邪魔にならない。
数枚シャッターを切りCFカードをiーbookに接続。
すぐにphotoshopで確認する。
石にピンが来ているか。ゴミがついていないか。ポラでは分からないことも直ぐに判明する。
ベローズPB−4はアオリを加えることは今回殆ど無かったものの十分に活躍してくれた。
QPカードも勿論活躍してくれたことは言うまでもない。

●
追伸:バリバリのM氏からニコンキャプチャー3(以後NC3と呼ぶ)を入手した。
今回RAWデータでの撮影はしなかったのだがその原因はNC3が手元に無いせいだった。
実際NC3を使用してみるとニコンビュー5(NV5)との連携が良く出来ていて心地よい。
NC2よりも確実に進歩しているようだ。
殆どの撮影ではJPEGのデータで間に合うと思うが
時としてRAWデータでの撮影も避けられないケースもある。
そもそもNV5とNC3の2本立てに問題があるのかもしれない。
一つに統合し、標準セットに添付させる。
これが正しい姿だ。
更なるニコンの努力に期待したい。
2002/08/12 信州、地球温暖化、ノアの箱船。
先日、久しぶりに信州へ行った。美ケ原、蓼科界隈である。
初日の美ケ原は夕方から物凄い雷雨が降ったものの
それまでは天気も良く腕や顔が赤くかゆくなるほど焼けてしまった。
4〜5時間美ケ原を散策しただろうか。
日曜日ということもあって大勢の人たちで混雑していた。
男性陣はかなりの確率で三脚に一眼レフを持って歩いている。
数人は中判カメラを持っていた。
ここでのデジカメ使用率はさほど高くなく何やら安心する。
見たところ三脚はジッツオが人気のようだ。
被写体はニッコーキスゲやオニユリ、ホタルブクロなどの野原系植物か。
私のカメラですか?エー、リコーのR1−S。
28mmレンズがついたコンパクトカメラ。
このカメラは結構良く写る。お薦めします。
歩く足下には沢山のトンボが纏わりつくように飛んでいる。
まだ色づいていない個体が殆どだが、時々一目で赤とんぼとわかる個体も混じっている。
標高2000M。計算上では東京よりも20度気温が低いはずだが
直射日光が当たる場所では流石にかなり汗ばむ。
次男と三男と私のトホホトリオ。
今年から無料になったビーナスライン周辺を十分に楽しんだ。
数泊して東京に戻る。
ウオオー暑い。一度冷房の効いた場所にたどり着くと
ジリジリと刺すようなキツイ日差しの場所にでることに勇気がいる。
何もする気が起こらない。思考能力のあからさまな低下。
信州ほどではないにしろ、私の子供時代はこれほど暑くはなかったはず。
夕方になれば涼風が吹き、ヒグラシの声が聞こえる。
そんな光景をふと思い出した。
●
追伸:二日目は懲りずに八島湿原を歩いた。
そこの説明書によれば12000年前に湖が出来、次第に湿原になったとある。
オモシロイのは6000年前が過去の日本の歴史の中で最も温暖だったとある。
これは堆積地層中の植物分布から分かるらしいのだが
どうやら現在よりも更に温暖だったらしい。
その頃東京は両極の氷も溶け海中に没していたのか。
CO2排出による地球温暖化もさることながら、自然の力の神秘さをつくづく感じる。
チョットしたバランスで氷河期になったり温暖化したりするに違いない。
そう考えると、どちらにしてもノアの箱船がボチボチ必要か?
2002/08/10 火吹き男、スピリタス、火達磨。
世の中には大変強い酒がある。
例えばスピリタス、SPIRYTUS。ポーランド産の蒸留酒らしい。ウオッカの一種か?
蒸留すること数十回。96度のアルコール度数。
恐らく史上最強のお酒だろう。
危険物扱いなので機内持ち込みは禁止されているらしい。マジ。
試したわけではないが、そのまま火炎瓶にもなるかも?
スピリタスはスタジオが恵比寿にあった頃、恵比寿西のとあるバーで時々楽しんだ。
楽しむ?
ええ、まあ。小さなグラスにストレートで頂く。
「新藤さん、お願いですから店内ではしないで下さいね・・・。」
と言うマッチョ系のマスターの声を聞き終えぬうちに、私と友人のデザイナーのM氏は外に出る。
私は口に含む係。彼はライターに火をつけ0.5〜1M程のところに掲げる。
思いっ切り霧状に吹き出す。
同時に透明感のある炎が口から噴きだす。炎の瞬間芸、である。
アア、快感。
この反対の組み合わせもトライしてみたが、どうやら私の方が上手のようだった。
流石に、ここ数年そんなバカなことはしていない。
一人で試してみて指を火傷したことも懐かしい。
●
安全性でチャッカマンを使うことはやめましょう。
この瞬間芸はリスクを楽しむことも評価の対象の一つです。
飽く迄も楽しく。
エッ。ガソリンや灯油でやれって?
ウーム、良い考えですが既に私は十分に火達磨状態ですので遠慮しておきます。トホホ
●
追伸:この火吹き遊びの注意点は火の付け方。
吹き出すほうは、キレイに霧に出来ればそれでOK。
口を火傷する可能性は極めて低い。点火する方が、実は難しい。
出来れば二人ともヤヤアルコールが入り気合いが入った辺りでパフォーマンスすることが望ましい。
勿論18歳未満の方は試してはいけません。
蛇足ながらスピリタスをストレートでホンキで飲んではいけません。
罰ゲームに使用することも絶対にいけません。
2002/08/07 ニコンベローズ PB−4の追加説明。
実物の写真は8/2日を参照していただくとして作りはとてもしっかりしていて好感が持てる。
PB−4のあおりはレンズボード側のみ。
左右のスイング それぞれ30°
左右のシフト、それぞれ11mm(合計22mm)
ニコンのネームボード傍にある小さなネジを緩めると
途中ロックできない場所があるものの左右のシフト量は大幅に拡大する。
チルトやライズはサポートされていないがベローズを90°横向きに三脚に固定することで可能であるが
シフト、スイング、チルト、ライズを同時に行なうことは構造上不可能。
シフト、スイングかチルト、ライズのどちらかの組み合わせを選択しなければならない。
勿論、ボディ側は縦横位置を変更できる。
モノレールの有効全長は190mm。
カメラボディを前方に移動することも可能なのでレンズ手前のモノレールが邪魔になることもない。
レンズボード、ボディボードはそれぞれラック&ピニオンで移動でき
操作感も素晴らしくロックも確実である。
●
35mmタイプのデジカメでの商品撮影時にアオリが不可能なことは
致命的ではないにせよ、ヤヤ辛いことがある。
無限遠が確保できるのは EL-NIKKOR 105mmか135mm。
D1XやD100では焦点距離が1.5倍になってしまうので
実際は35mm換算157mmか200mmになる。
全長1Mの商品を縦位置イッパイにファインダー上に納めたときに
105mmレンズで商品とカメラの距離はおおよそ5M必要である。
大振りな商品には不向きかもしれないが、それなりに使える。
但し、105mmでこの距離だと蛇腹が伸びないのでアオリはとてもしにくい。
かと言って135mmだと、さらに引きが必要になる。
小さな商品ならばウッテツケ。
見た目も35mmカメラの頼りなさが薄らぎ
4X5を小さくしたような精密感すら漂っている。
●
デジタルに使用すればフィルムサイズは23.7X15.6mm
面積が小さい分蛇腹係数が小さい。
(蛇腹が伸びると、その分露出補正量が増加する。フィルム上で実物と同サイズならば
蛇腹係数は2段。露出を2EV増加させなければならない。)
面積が小さい分、実物に比較して拡大率が小さいのでピントが深く撮れる。
元々ISO感度が高いうえに蛇腹係数が小さいので
ストロボを大量に用意しなくても済む。
(むしろ今までのスタジオ用では光量がありすぎ困ることすらある。)
●
NIKON F2時代の遺物(失礼!)がこのような形で
今また評価の対象になるとは、万物の輪廻のようで不思議な気分。
2002/08/03 NIKON D100+PB−4の組み合わせはどうだ。2枚を合成1000万画素に挑戦。
PB−4がレンズボード側であおれる事は昨日書いた。
ボディ側もあおれれば最強なのだが、残念ながらそこまでのベローズは35MMでは見たことが無い。
しかし物は試し。レンズのシフトで部分的に2枚撮影し
MAC上で合成する。うまくいけばラッキー。


上の2枚が部分カット。撮影レンズはエルニッコール105MM。
ボディ側をシフトできないので単純にPHOTOSHOPで合成しようとすると微妙にずれる。
上手くいきそうにない・・・・そうだ。photoshop エレメンツがある。
下の完成写真がそれ。かなり見事。
レンズ下の影の部分にヤヤ問題があったもののサホド困難でなくクリアできた。
3694X2967ピクセル。1096万画素。
32.8Mのファイルサイズ。ウワオ素晴らしい。
実は合成しなくとも600万画素とは1000dpiで5.08X7.64CMの大きさで
ポジ出力することも可能である。
(通常ポジ出力をするときは1000dpiが標準である)
つまり6X7クラスに肉薄するクオリティが既に存在しているということだ。
合成したものは9.38X7.54CM(1000dpi)
46.9X37.7CM(200dpi)である。
レンズに135ミリを使用すれば蛇腹が伸びる分更に楽にシフトが出来る。
また、シフトの許容量はまだあるので3枚合成も可能かもしれない。
●
正味1000万画素あれば中判カメラは殆ど不要になる。
そんな時代はもうすぐそこか?
2002/08/02 NIKON D100+PB−4の組み合わせはどうだ。
ニコン用ベローズ PB−4
ベローズとは蛇腹のこと。ニコンFマウントの接写用蛇腹である。
既に廃番になっていて現行機種はPB−6。
PB−4だけが唯一ニコンの歴史の中でアオリ機構を有する。
ニコンF2の時代までは販売されていたらしい。当時の定価が2万円。
レンズ側のマウントはL39スクリューマウントなので引伸し用のエルニッコール105MMや135MMが使える。
因みに135を使用すれば無限遠でも使用可能らしい。
そのPB−4を先日YAHOOオークションで発見。思わぬ値段で手に入れた。
入札したのは私だけ。どうやらあまり人気がないらしい。
今時接写だけならマイクロニッコールが有る。
アオリが欲しければ、ヤヤ高価ではあるが85MMも有る。・・・とは言うものの
時々は古きよき時代の遺物に最新型を接続してみるなんて趣向も面白そうでしょ?
D100プラスPB−4。
意外といけるんじゃないかと思っているのだけど。
ピントを深く稼ぎたいときは小面積のフィルムに限る。
4X5よりは6X7。6X7よりは35MM。35MMよりはD100。
ジュエリーやリングの撮影に使用すればバッチリ?
そう思いゲットしたのだ。
しかも私は50,75,105,135のエルニッコールを所有している!
未だ天は私を見捨ててはいない!
●
この続報はPB−4が手元につき次第報告します。
●
追伸:この手のあおれるベローズはサードパーティからも実は発売はされている。
但し、唖然とするくらいの値段が付けられていて閉口してしまう。
PB−4は、根気よく探すと中古カメラ店の片隅に埃をかぶって
破格値で売られているケースもあるらしい。

PB−4 重量は1KGチョットある。堂々重量級である。
追伸:08/02 11.30AMたった今PB−4が届いたが一つ誤解があった。
レンズ側はFマウントになっていてアダプターが必要な事。
ネットで検索するとL−Fアダプターなるものが存在したらしいのだが、今となっては不明。
ナショナルフォートに電話。相互リンクのお礼とアダプターのことを聞いてみる。
その手は近代インターナショナルが沢山情報を持っていると教えてくれる。
早速近代にTEL。感じの良い女性が応対してくれたが
彼女曰く、残念ながらそのようなアダプターはカタログ上には見当たらない。
と一覧表のFAXを送ってくれた。
さてそれから暫くすると、吉野氏と言う詳しい者がいるので連絡してくれと近代の女性から連絡がある。
吉野氏に連絡すると暫く時間をくれれば探してみるという。スゴイ。
午後3時過ぎ、吉野氏からTEL。
ありました。NOVOFLEXの製品でNIKLEIーK(ドイツ製)定価16000円。・・・
(えっ、ベローズよりも高いじゃん・・)
今にも夕立が降りそうな中、高田馬場に向かう。
外は真っ暗。大粒の雨が降りだす。
駅から2分。近代の出店、写真のももやがあった。
親切な吉野氏はニコニコしながら私を迎え入れてくれた。
●
続く
2002/08/01 オギャル、亜ガングロ系非清潔派奔放的超野性人類21世紀型女性解放戦士達。
ここ数ヶ月テレビにオギャルと呼ばれる若い女性がしばしば登場する。
コギャルが自然消滅してその隙間をうめるように現れた観がある。
彼女達の特徴は渋谷センター街界隈等をテリトリーとし?
亜ガングロ系非清潔派奔放的超野性人類とでも表現するのが相応しい。
直接彼女達から話を聞いたわけではないが、何日も或いは何週間も風呂に入らず
頭も洗わず靴下や下着も取り換えないらしい。
スゴイ。これは実に革命的だ。
今まで世間で言われていた旧来の女性観を真っ向から否定している。
(例えばヤマトナデシコ的な女性観のこと)
文明と呼ばれるシステムに対してさえ反旗を翻しているかのようだ。
21世紀初頭型女性解放戦士達。
コギャル同様屈託が無く、陽気な上に前向きでもある。
その生命力は、今後の劣悪であろう地球環境に生き抜いていくだけの逞しさと
如何なる場所でもシャガミこめる度胸と
チョットのことには動じない平常心を十分に持ちあわせている。
彼女達は、渋谷という不毛の荒野を放浪する遊牧民か?
現代社会を拒絶し、さまよい始めたジプシーなのか?
それとも、オコサマからオトナに至る成長過程的狭間の一表現方法なのか?
はたまた、この現象は一部の女性に於ける男性化の顕著な現れなのか?
●
これに対抗するように?男性の間で最近目に付く現象がある。
以前から女性の持ち物の定番だった、或るバッグ。
ヤヤ長めの手ヒモがつき肩から提げられ
ジッパー付きのものもあるものの、普通は口は開放式なので
何時でもペットボトルやケータイが出し入れしやすい。
何故これが長い間女性に独占されていたのか不明ではあるが
確かにシンプルで使い易いのかもしれない。
このトートバッグが秘かに若いオトコ達の間に流行しているのだ。
さて、これらの現象が近年問題視されている環境ホルモンによる影響なのか
男女間の心情的性差別規制撤廃の流れなのか
時代の一時の気まぐれの、一言でいえば流行なのか
或いは単なる合理的精神の発露なのか?もう暫く様子を見る必要がある。
オヤジである私は、そのように考えている。
●
追伸:どうも彼女達の殆どは渋谷界隈に住んでいると考えにくく、井の頭線でも滅多に見かけない。
一体、渋谷まで何処から集結するのか?
21世紀型女性解放戦士生息地広域分布図なるものがあったなら、かなり興味深いと思うのだが。
追伸:08/02 女性解放戦士とは言ったものの、自分を安易に解放しすぎるのも如何なものか?
例えば両親の不和、リストラ、地球温暖化、旧態依然とした教育システム・・・・
日本の、地球の、自分の先行きに対する漠然とした不安。
そこから生まれる刹那的な選択。なのか?